最後は「人」で選ばれる店に—完全予約制タキシード専門店の店舗運営の裏側
ビジネス
東京、青山で結婚式用のタキシードや小物類、スーツなどのレンタルとパターンオーダーをメインに展開しているタキシード専門店『カークメンズフォーマル』。
完全予約制で、一組の来店あたりおよそ2時間の時間枠を設ける同店は、新郎新婦の要望や悩みに対してスタッフがじっくりとヒアリングし、最適なタキシードを提案してくれます。しかし、「一人ひとりの顧客にたっぷり時間をかけたい」という姿勢ゆえに、予約管理と運営に関する難しさを感じることもあるといいます。
今回はカークメンズフォーマルの岩田耕一氏に、タキシード専門店の店舗運営の裏側についてお話を伺いました。
レンタルの工程はすべて自社内で
星野:御社はオーダーとレンタルの両方でタキシードを提供していますが、試着にいらっしゃるお客さまのなかには「そもそもレンタルとオーダーはどちらがいいのか」という疑問を持って来られる方も多いと思います。それぞれのメリットとデメリットを教えてください。
岩田:レンタルはオーダーに比べて価格が安く手軽である反面、お客さまの身長や体格などによっては完璧にフィットするお仕立てが難しいこともあります。一方、オーダーは小物を含むとレンタルと比べて価格差がありますが、お客さまにとってベストな衣装を提供できます。お客さまがレンタルとオーダーを悩まれる場合は、結婚式以外でのタキシードの具体的な利用シーンなどを伺い、条件にマッチする方をオススメしています。
星野:オーダーの場合は仕立ててお渡ししたらその後は購入者の手元に残りますがレンタルは返却し、次の人へ渡さなければいけません。レンタルの場合は予約から返却後まで、どのようなフローを辿るのでしょうか?
岩田:まず、ご試着で測らせていただいたサイズをもとにジャケットの袖やパンツの長さを調整。レンタルの場合でも、なるべくお客さまの体型にフィットするように仕立て直します。その後、ボタンの付け直しや細かい箇所の確認を経てお客さまにお渡しします。ご返却いただいた後の汚れやしみ抜きなども弊社ですべて行い、次に借りられるお客さまのために丈の長さなどを調整して……という繰り返しですね。。
星野:たとえば、あるお客さまに貸したタキシードが返ってこない場合や、返却されたときにリカバリーし難い破損や汚れなどがあった場合、店舗ではどのように対応されているのでしょうか?特に人気のある型の場合、返却して数日後にすぐ別のお客さまに貸すケースもあるかと思うのですが。
岩田:基本的にどの衣装も一着はバックアップを用意しているので、それで対応することが多いですね。どうしても間に合わないときは、急いで一本新たに仕立てたことも過去にはありました。やはりお客さまにご迷惑をおかけするわけにはいかないので。レンタルはただ貸すだけでなく「いかに次のお客さまに届けるか」を常に考えています。
ネット予約、情報をどこまでやり取りすべきか?
星野:御社のホームページでは予約フォームからの予約と電話予約の2つの窓口が用意されていました。この2つ以外からお客さまの予約が入ることはありますか?
岩田:結婚式場と提携をしていて、そこの紹介から入ってくる予約が半分ほど。あとは弊社のWebサイトからの予約と、ドレスショップやホテルなどの提携先からの予約ですね。電話での予約が全体の7割を占めていると思います。
星野:利用者としてみれば、「次の土日、すぐに行きたい」という時に、ネット上で空き状況が分かりそのままネット予約が可能な仕組みがある場合はいいのですが、電話とメールベースの予約フォームのみの場合は、すぐに返信がこないかもしれない予約フォームより、電話で予約を直接入れたほうがいいと判断しそうです。でも、店舗では接客中に電話が鳴ってもなかなかとれないじゃないですか。そのあたりの予約受付や管理はどのように対応しているのでしょうか?
岩田:電話をくださるお客さまは、なるべく早く確実に予約を取りたいお客さまである場合が多いため、その場で必ずご予約の日時をご案内できるようにしています。仮にご希望の日のご予約枠がすべて埋まっている場合は速やかに別の日程のご要望を伺いつつ、人員を増やしてでも対応します。予約フォームからのご予約やお問合せメールも同様で、お返事までのタイムラグが長くなるほどサービス満足度は下がってしまうので、ご連絡をいただいたら、なるべく早く返す。この業界は競合が多いので、一度断った予約はもう戻ってこないんです。
星野:戻ってこないという観点で考えると、ネット予約窓口での離脱についても気を配る必要があります。ブライダルジュエリー専門店などでは、事前に予約をしてご来店されるお客さまの成約率は6割と比較的高いため、予約数が経営の重要なKPIになっているようなんです。ゆえに、予約時に記入してもらう情報や項目が複雑になりすぎない配慮をして、ユーザビリティを上げるという仮説も立ちますし、事前にある程度の情報を得られればご来店いただいた際にスムーズにやりとり進められるのも事実です。事前情報をどこまで求めるべきかはマーケティング~販売ラインのチューニング上、検討の余地が大きいと思っています。
岩田:本当にその通りです。お客さまの体験価値を高めるには、予約時に発生するコミュニケーションのスムーズさにも配慮する必要があると考えています。いま、弊社の予約サイトではお客さまのお名前やご連絡先に加えて身長と体重を記入必須項目としていますが、はじめは、私はこの項目を入れることに反対でした。しかしスタッフ側から、体格を事前に想定できる方がスムーズなご案内に繋がると意見をもらい導入しました。予約の際の負担をなるべく減らす方向にするか、来店時の対応のスムーズさを重視するか、悩みどころですね。
星野:現状の予約フォームのみだと、店舗側の意図がお客さまに伝わりづらいということはあるかもしれません。来店いただく2時間のあいだにどのようなフローがあるのか、事前にわかるような写真や解説をサイトに載せてみるのも一つの方法かと思います。その解説を見れば、お客さまもなぜ身長や体重を予約時に記入するのかといった納得度を高められるため、説明がないよりかは違和感なく入力していただけると思います。
岩田:それは良いアイデアですね。ご来店いただいている2時間は、あっという間に過ぎてしまうんです。レンタルの場合は、1時間でタキシードを選んでもう1時間で小物類を合わせられるため初回の来店のみで済むこともあります。一方オーダーの場合は初回のご来店でタキシードを選んでいただいて、仕立てが完了したら2回目もしくは3回目のご来店で小物類を合わせて完成です。そのようなフローの違いなどもあらかじめお伝えできれば、お客さまが来店されてからのやり取りも、よりスムーズになりそうですね。
顧客第一主義。接客にはじっくり時間をかけたい
星野:ネット予約で事前に集められる情報は基本情報と身長と体重とのことでしたが、提携している結婚式場やドレスショップからの紹介から入る予約では、それ以外にも集められる情報があるのでしょうか?
岩田:新婦様のドレスや新郎様のご希望を事前に教えていただけることが多いですね。結婚式の衣装は、ドレスありきのタキシードだと考えています。新婦様のドレスが決まっている場合は、新郎様のタキシードのイメージもしやすいですし、ドレスが決まっていなかったとしても、どのような雰囲気の衣装をご希望されているかがわかれば、より良いご提案がしやすくなります。
星野:結婚式場で一度伝えた情報をあらためてこちらの店舗で共有するのも、お客さまからすると面倒ですよね。式場との連携でそうしたの情報が共有されていれば、来店時にヒアリングではなくベストなタキシードを見つけるためのお手伝いに多くの時間をかけられます。
岩田:現在は2時間の枠でお取りしていますが、本音を言えばもっと時間がほしいくらいです。時間をかけて接客をするほどお客さまの満足度が上がり、成約率も上がるということを現場で体感したので。
星野:それは興味深いですね。時間をたくさん使っても、お客さまにとって「長い」と感じさせないような接客ができれば、それが満足度にそのまま繋がると。
岩田:実際、私のお客さまはタキシードを作る際に複数回来店されるお客さまが多いですし、結婚式を終えられたあともスーツを作りに来てくださることや、他のお客さまをご紹介くださることもあります。質の高い接客がプラスアルファの価値に繋がることもあるため、スタッフたちも日々接客トレーニングや勉強会に励んでいます。
星野:私自身結婚式を挙げるとき、貸衣装店を5店舗回りましたが、品揃えや商品の質だけでなく接客やサービスも含めて、一番相談にしっかり乗ってくださって、的確にご提案してくださったのが御社でした。結婚式という場面だからこそ、その店舗のスタッフが信頼できるかどうかはとても重要だと感じましたね。
岩田:接客業は「目の前のお客さまにとってもっとも高い価値を提供するにはどうしたら良いか」を常に考え続ける必要があります。なので、弊社にはスタッフ向けの接客マニュアルは存在しません。同じ質の商品を提供している店でも、「この人にお願いしたい」と思っていただけるかどうか。最後は「人」で選ばれる店になれるよう、日々現場で学びを積み重ねています。