ポルトガルのシェアオフィスに入居する日本人建築家の働き方とは?
体験
先の記事からレポートしているポルトガルのシェアオフィス。迷路のようなポルトの街中で、オフィスの入口探しに手間取りながらも、中庭のような明るいオフィス空間や様々な活動に対応する設備、また老若男女問わない気軽な利用風景をお伝えしました。
本記事では、このオフィスで建築設計事務所を主宰されている日本人建築家・伊藤廉さんにお話を伺いながら、このオフィスのこと、ここでの働き方などを聞いてみたいと思います!
ポルトで建築設計事務所を主宰する建築家・伊藤廉さん
今回、オフィス見学を承諾してくださった、ポルトで活動されている日本人建築家、伊藤 廉(いとう・れん)さんは、日本の大学を卒業、企業での勤務を経たのち、国際的に活躍する建築家を多数輩出するロンドンのAAスクール(Architectural Association School of Architecture)へ留学。そこを卒業後、ポルトガルの英雄的建築家、アルヴァロ・シザの事務所で7年ほど設計に携わり、現在は数名のスタッフと共にご自身の事務所を運営されています。
その事務所「Ren Ito Arq.」は、このオフィスの一角に入居しています。広々としたオフィス内ですが、見通しが良いのですぐに伊藤さんを発見。あちこちにある試作品を眺めながら、早速お話を伺いにいってみます。
知人からの紹介とはいえ、海外のコンペを勝ちとったり、ポルトガルのテレビ番組に出るような方。少し緊張気味に挨拶しましたが、尖った感じを全く感じさせない優しさ溢れる笑顔で迎えてくれました。和やかな雰囲気で雑談交えつつ、シェアオフィスを選んだ理由などを聞いてみます。
山Cこのオフィス、開放的な空間に色んな人の活動が混在していて面白いですね。仕事場にシェアオフィスという選択肢は、独立前から予定されていたのでしょうか?
伊藤さん最初はコスト削減のために自宅で仕事をしていましたが、寝る場所と仕事場が一緒だとメリハリがなくなり、普通の事務所よりも安く借りられるシェアオフィスを選びました。実際に仕事をしてみると自分と同じような独立起業家の卵がたくさんいて、場所も気持ちもシェアできてよかったです。働き方は普通のオフィスと変わらず、会議室、キッチン、トイレなどを他の人たちとシェアしています。
山Cメリハリ大事ですよね。自分の家で仕事をしていると、どうしても誘惑が多かったりして、時間の使い方が間延びしちゃうことがよくあります。それに、独立すると基本は一人、自分とは違った活動、意見の共有は、良い刺激になりそうです。ここは利用料金(伊藤さんは1島=机6台で300ユーロ/月※光熱費込)も魅力的に見えますが、妥当な料金設定なのでしょうか?
伊藤さん料金は標準的だと思います。
山C月単位で借りれば鍵も貸与され出入りも自由で、その価格はいいですね。では、いろんなシェアオフィスがある中で、ここに決めた理由ってありますか?
伊藤さんこの場所はもともとガレージで、アップルのスティーブ・ジョブスがガレージで会社を始めたのにあやかりここに決めました。自分の事務所は小さくても、場所が大きいとお客様にハッタリが効くのも魅力です(笑)
山C確かに、これだけ開放的な空間だとお客様も話がしやすそうです。日本の建築設計事務所やデザイン事務所でいえば、普通のマンションの一室で営業していることも少なくありません。そういう意味ではここは対極。ちなみに、一日どれくらいの時間を過ごしていますか?
伊藤さん基本的に8時間働いたら帰る、という感覚が国全体で浸透していることもあり、仕事が終わってからの時間も大切にしています。それはスタッフに対しても同じで、事前に聞いていれば、2週間ぐらいの里帰りやバカンスも承認しています。多少、空気読んで欲しいと思うこともありますけど(笑)
山C‐おぉ~、日本の設計事務所じゃ考えられない(笑)ちなみに、伊藤さんの今日の終わり予定は?
伊藤さんこれから打合せがあって、その後の19時からも打合せがありますので…
山C遅くなりそうですね。「一日の業務をやり遂げてサッと帰る」といった、よく耳にするヨーロッパの就労意識に憧れを感じることもありますが…設計事務所を主宰するとなるとやはり大変ですね…!
…しかしながら、終始穏やかに、普段着の雰囲気でふるまうその姿は、遠く離れた異国の地で活動しているとは思えないような自然体。色んな話をしてくださる中、東京の過密具合と地方で働く選択肢について話していると、ここポルトが日本の一地方都市であるような距離感すら感じさせられます。異国の地で自ら事務所を主宰・運営していくには、当然ながら大変なことも多いでしょう。ですが、それを感じさせない気負わない雰囲気に、このオフィスも一役かっているのかも?
多様なオフィス環境は多様な仕事を生む…?
この後、これから始まる現場に行くということなので、そこへ同行させてもらうことに。出かけるまでの間、事務所内を見学させてもらいます。ちなみに、伊藤さんの事務所コーナーはこんな感じ。
いま進んでいるプロジェクトは住宅がメインながらホテルなど他にも多数あるようで、模型と資料、図面などが溢れる設計事務所の風景は日本でも海外でも大きな違いはありません。ただ、背景に見えるカラフルで大きな造作物などはなかなか見かけませんね。よく見るとミシンも見えます。広い空間に色んなものがあって雑多な感じが、作業効率を上げる適度なノイズとなってくれそうにも感じました。
伊藤さんの借りているデスクは向かい合わせ一列のデスクで、奥のデスクにもプロジェクトの模型などがはみ出していますが、多少はOKのようすです。オーナーの性格なのか、ポルトガルの習慣なのか、この少しラフな感じもいいですね。境界を明確に区切らない、曖昧さを許容する文化が垣間見えるようです。伊藤さんは今いる利用者の中でも長く利用しているので、多少は優遇されているのかもしれません。
途中聞いたお話によると、オフィスのオーナーも建築家で、今は都市スケールのデザインから、宝飾店のディスプレイ、アート作品の作成など様々な活動を横断的に行っているとのこと。シェアオフィス内の多様な活動状況が、そのまま横断的なシゴトにあらわれている、そんな風にも見えます。
こんな模型たちを眺めているだけでもちょっとしたヒント、発見がありそうですね。
オフィス内にはいろんな大きさ・形の模型たちが雑然と並んでいるようにも見えますが、オーナーの美意識を基準に「待った」がかかることもあるそうです。自由な雰囲気の中にも暗黙の緊張感…といったところでしょうか。全て自由だとメリハリある雰囲気を維持しにくいですし、それくらいが丁度良いかもしれませんね。
伊藤さんとはその後も現場やお昼をごちそうになりながら色々なお話を聞かせていただきましたが、次の現場へ向かうところでお別れ。
伊藤さん、お忙しい中ありがとうございました!
見学を終えて
今回訪問したシェアオフィスは、いわゆるオフィスといった雰囲気はないですが、気軽な雰囲気、広さ、利用頻度に対応する柔軟さなどがあり、起業したての人にはもちろん、会社員や主婦、学生など、いろんな人に開かれた環境と言えそうです。この日・時間に他の利用者はあまり見かけませんでしたが、後で聞いた話によるとファッション系のジャーナリスト、エンジニア、模型作成会社など様々な利用者が入居しているそうで、業種の垣根はないようです。
実際にその場で何かをつくる人も多く、言葉を交わさなくとも、つくられたモノを通じて刺激を受けたり会話のきっかけをつくってくれる点も魅力的。モノが目の前にあるからこそ、率直な意見交換ができそうですね。
それになんと言っても、屋外のような広々とした空間。程よく距離感があり適度に余白の残された空間が、開放的でリラックスしやすい作業環境に感じました。加えて、造形的なモノに囲まれた子供の遊び場のような雰囲気が、世代を問わず多様な人や活動を集めるのかもしれません。
伊藤廉さんが主宰する「Ren Ito Arq」webサイト : http://www.ren-ito.com/
- 予約ラボ 山Cによる【シェアオフィス×ポルトガル】現地レポート(全2回)
- ●前編『ポルトガルの歴史地区にあるシェアオフィスを訪ねてみた!』
●後編『ポルトガルのシェアオフィスに入居する日本人建築家の働き方とは?』(本記事)
文・写真:山C
編集:星野陽介