私たちはいつから「予約する社会」に生きるようになったのか
考察
INDEX
みなさん、こんにちは。
「予約の探究」再始動、第2回です。
前回は大阪・関西万博を題材に、なぜ万博にはこれほど多くの「予約」が必要だったのかを考えました。その中で、予約とは「未来の需要と限られた供給を、あらかじめ調整する仕組み」であると整理しました。
今回は、もう少し視野を広げ、「私たちは、いつからこんなに『予約する社会』に生きるようになったのか」を考えてみたいと思います。
目次
私たちの日常は「予約」だらけ
美容室を予約する。週末のレストランを予約する。病院の診察も予約、出張の新幹線も予約、映画館の座席も予約する。
旅行に行けば、飛行機、ホテル、レンタカー、観光施設まで予約。人気のテーマパークでは、入場するだけでなく、アトラクションやレストランまで事前に予定を組むことがあります。
考えてみると、今の私たちの生活はずいぶん「予約」だらけです。
もちろん、予約という仕組み自体は新しいものではありません。予約という行為そのものは、ずっと昔から存在していたはずです。
インターネットが普及する以前には電話で予約を取り、さらに電話が普及する以前には、直接店や宿を訪ねたり、人を介したりしながら、帳簿などに予定を書き留めていたでしょう。
さらに「予約」を、「将来、商品やサービスを提供することをあらかじめ約束しておくこと」と広く捉えるなら、その歴史はもっと古くまで遡ります。古代メソポタミアには、銀や大麦などを受け取り、一定の期日までに返済することを定めた契約の記録が残っています。もちろん、これを現代の「予約」とそのまま同じものと呼ぶことはできません。それでも、「未来の取引を先に約束し、それを記録する」という発想は、少なくとも文字記録が残る古代メソポタミアの時代には存在していたことが分かります。(※1)
つまり、予約そのものが新しいわけではありません。変わったのは、私たちが日常生活のあらゆる場面で予約するようになったことなのです。
予約について調べていると、少なくとも1952年には、英国の統計学者Norman Baileyが病院外来の「予約システム」を研究しています。患者の待ち時間を減らしながら、医師側の空き時間も増やさないためには、どのように予約を配置すればよいかという研究です。(※2)
70年以上も前から、「予約によって人とサービスの時間をどう調整するか」は研究対象だったわけです。ですから、「何年から予約社会になったのか」という明確な境目を見つけるのは難しそうです。
むしろ私が興味を持つのは、「何でも予約する社会になった」という変化です。では、なぜ私たちは「何でも予約する社会」に生きるようになったのでしょうか。
理由その1 「時間」を売るサービスには予約が必要
1つ目は、私たちの身の回りに「時間」や「限られた場所」を提供するサービスが数多く存在することです。前回のコラムでも触れましたが、サービスには「在庫しにくい」という特徴があります。
ホテルの今日の空室を、明日二部屋分売ることはできません。航空機の今日の空席を翌日に持ち越すこともできません。美容師の午後3時からの1時間も、利用する人がいなければ、その時間は消えてしまいます。
Kimesは1989年の研究で、航空会社を代表例として、こうした固定的で消滅してしまう供給能力を、予約や価格を使って需要へ適切に割り当てる「イールド・マネジメント」について整理しています。(※3)
ホテルの客室、飛行機の座席、レストランの席、医師や美容師の時間。私たちは「モノ」だけではなく、「誰かの時間」や「限られた場所」を利用しています。
こうしたサービスが身近になれば、その限られた時間や場所を事前に割り振る「予約」も、必然的に私たちの生活に入り込んできます。
理由その2 予約は「待ち時間」だけでなく「不確実性」を減らす
例えば、人気の飲食店に行ったとします。
「何分待つか分かりません。でも、そのうち入れます」と言われるのと、「19時30分にご案内できます」と言われるのでは、同じ30分待つとしても意味が違います。
19時30分と分かっていれば、それまで買い物をしたり、別の用事を済ませたりできます。一方で、「いつ呼ばれるか分からない」状態では、なかなかその場を離れられません。
つまり予約が減らしているのは、待ち時間そのものだけではありません。「いつ自分の番になるのか分からない」という不確実性も減らしているのです。
待ち時間と顧客満足の関係は、サービス・マーケティングでも長く研究されています。
PruynとSmidtsの研究では、実際に何分待ったかという客観的な時間だけではなく、「どのくらい待ったと感じたか」といった主観的な評価も、サービスへの満足に関係することが示されています。(※4)
日本でも磯田友里子氏が待ち時間に関する研究を整理し、待つことは基本的には顧客満足にマイナスに働く一方、状況によっては待つことを楽しんだり、待ち時間から高品質を連想したりする場合もあることを指摘しています。(※5)
もしかすると私たちは、「待つこと」そのもの以上に、「どれくらい待つのか分からないこと」を嫌っているのかもしれません。
予約とは、未来を少しだけ確定させる仕組みとも言えそうです。
理由その3 私たちは「時間コスト」を意識するようになった
もう一つ重要なのが、私たち自身の時間です。
青木幸弘氏は、現代の消費者行動を考える上で、「時間コスト」の増大を重要な環境変化の一つとして論じています。(※6)
仕事、家事、育児、学習、趣味。私たちは1日の中で、さまざまな活動を組み合わせながら生活しています。
だからこそ、「とりあえず行って、空くまで待つ」よりも、「この時間にここへ行けば利用できる」と事前に予定を確定できることに価値が生まれます。そう考えると、予約とはお店の席を確保しているように見えて、実は「自分の未来の時間」を確保している行為でもあるのではないでしょうか。
理由その4 予約すること自体が簡単になった
そして、現在の「予約社会」を考える上で欠かせないのが、インターネットとスマートフォンです。
以前なら、予約するには営業時間中に店へ電話し、希望日時を伝え、空きを確認してもらい、空いていなければ別の日を提示してもらう、といったやり取りが必要でした。
予約すること自体にも、それなりの手間がかかっていたのです。
現在では、スマートフォンを開けば、空いている日時を自分で見ながら、24時間いつでも予約できるサービスが珍しくありません。
2000年にMeuterらは、顧客自身がテクノロジーを使ってサービスを受ける「セルフサービス・テクノロジー」が、企業と顧客との接点を変えていることを研究しています。(※7)
その後の20年以上で、この変化は私たちの日常の隅々にまで入り込みました。
つまりデジタル化によって、「予約が必要になった」だけではなく、「予約するためのコストが下がった」のです。
これもまた、「何でも予約する社会」が生まれた大きな理由の一つではないかと思います。
「行ってから待つ社会」から「行く前に時間を押さえる社会」へ
ここまで考えると、「予約社会」が生まれた背景には、いくつもの変化が重なっていることが分かります。
- 時間や場所を提供するサービスが身近になった。
- 私たちは待ち時間の不確実性を避けたい。
- 自分自身の時間を効率よく使いたい。
- そして、デジタル技術によって予約すること自体が簡単になった。
これらが重なった結果、私たちは、「行ってから待つ社会」から「行く前に時間を押さえる社会」へと移ってきたのではないでしょうか。
ただし、予約には別の側面もあります。予約するということは、「未来の自分」を先に拘束することでもあります。
- 来週土曜日の19時にレストラン。
- 日曜日の10時に美容室。
- 翌月のこの日は旅行。
予定が決まることで安心する一方、「何も予定を決めていない自由な時間」は減っていきます。予約が便利になればなるほど、私たちは未来を細かくスケジュールするようになります。
これは単に便利になったという話ではなく、私たちの「時間との付き合い方」そのものが変わってきたということなのかもしれません。
この話は、次回もう少し掘り下げてみたいと思います。
今回のまとめ
今回のタイトルは、「私たちはいつから『予約する社会』に生きるようになったのか」としましたが、どうやら答えは「○年から」ではなさそうです。
サービスを利用する機会が増え、時間コストへの意識が高まり、待ち時間の不確実性を避けたいと考えるようになった。そして、デジタル化によって予約そのものが容易になった。そうした変化が重なることで、私たちの生活のあらゆるところに予約が入り込んできたと言えそうです。
それはつまり、
「予約とは、限られたサービスの時間と、限られた私たちの時間を、未来の一点で約束する仕組み」
であり、私たちは予約によって「サービス」を確保しているだけではなく、「自分の未来の時間」も確保していると言えるのではないでしょうか。
そう考えると、予約という行為は、私たちが思っている以上に「現代人らしい行動」なのかもしれませんね。
注・参考文献
※1 八木立雄(1975)「ウル第三王朝時代の貸借契約について」『オリエント』18巻2号、31–46頁。DOI: 10.5356/jorient.18.2_31
※参考文献情報は公開されている学術データベース・出版社情報をもとに整理。確認日:2026年9月12日


